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東京地方裁判所八王子支部 平成10年(ワ)1653号 判決 1999年5月26日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物について、平成一〇年七月六日賃貸借を原因として、東京法務局立川出張所平成四年五月八日受付第一一六八八号停止条件付賃借権設定仮登記の本登記手続をせよ。

二  被告らは、原告に対し、各自別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

三  被告らは、原告に対し、各自平成一〇年七月六日から前項の明渡済みまで一箇月金五〇〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認められる事実

1  原告は、建築工事の請負等を業とする株式会社であり、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルとの間で、平成元年九月五日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを内容とする請負契約を締結し、右契約に従って本件建物を建築した。

2(一)(1) ところが、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、右請負代金を支払えなかったため、原告に対し、本件建物でホテル営業をし、その売上金で右請負代金を支払うことを提案した。

原告は、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルの提案にに応じ、本件建物を引き渡した上で、平成四年四月二七日、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルに、右請負代金等の債務一七億二九〇六万六九九二円の債務(以下「本件債務」という。)の存在を確認させる(甲第三号証、第四号証)と共に、本件建物につき、抵当権設定契約(以下「本件抵当権」という。)及び停止条件付賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結させた。

(2) 本件賃貸借契約の内容は、次のとおりである。

目的物     本件建物

賃料      年一二〇万円

期間      停止条件成就の時から三年間

停止条件    本件土地建物上に設定されている抵当権に基づき不動産競売の申立てがなされること、又は、代物弁済の予約完結の意思表示がなされること

特約       被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、原告に対し、本件建物につき停止条件付賃借権設定仮登記手続をする。

原告は、賃借権の譲渡及び本件建物の転貸ができる。

(二) 被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、平成四年五月八日、原告に対し、本件抵当権に基づき抵当権設定登記をし(以下「本件抵当権登記」という。)、本件賃貸借契約に基づき停止条件付賃借権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)をした。

3  しかしながら、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、本件債務を支払わない。

4  そこで、原告は、平成一〇年七月六日、東京地方裁判所八王子支部に対し、本件抵当権に基づき、本件建物の不動産競売を申し立てた。

二  争点

1  原告の主張

(一) 原告は、平成一〇年七月六日、本件抵当権に基づき、本件建物につき不動産競売の申立てをした。

したがって、本件賃貸借契約の停止条件が成就したから、原告は、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルに対し、本件仮登記の本登記手続を求める。

(二)(1) また、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、自らホテル営業を行わず、原告の承諾を得ずに、本件仮登記設定後である平成四年一二月一八日、被告株式会社ナポレオン商事に対し、本件建物を期間五年間、賃料月五〇〇万円で賃貸し、引き渡した。

さらに、被告株式会社ナポレオン商事は、原告の承諾を得ずに、平成五年四月一日、被告株式会社オーセンティックに対し、本件建物を期間五年間、賃料月一〇〇万円で転貸し、引き渡した。

(2) ところで、被告らは、形式上別会社となっているものの、実体は被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルの代表取締役宮崎文和、被告株式会社ナポレオン商事及び被告株式会社オーセンティックの代表取締役山下隆文の個人企業である。

そして、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルは、平成四年五月末ころ信用悪化していたから、被告らは、原告が本件建物の不動産競売申立てをした上で本件建物を賃貸すること(原告が、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルから本件建物を賃借し、第三者に転貸して、転借人にホテル営業をさせること)を承知していた。

また、前記(1)の賃借権及び転貸借権は、これらが締結されたとき本件建物には本件抵当権登記が設定されていたから、長期賃貸借となるため、買受人に対抗できない。

すなわち、前記(1)の賃借権及び転貸借権は、原告の本件賃貸借契約による賃借権(以下「本件賃借権」という。)を侵害する意図の下に締結されたものである。

なお、本件賃借権は、真正なものであり、併用賃借権ではない。

(3) したがって、原告は、被告らに対し、本件賃借権に基づき、本件建物の明渡し、及び不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自不法行為の後である本件建物の不動産競売を申し立てた平成一〇年七月六日から本件建物の明渡済みまで一箇月五〇〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

2  被告らの主張

(一) 本件賃借権は、本件建物の用益を目的とする実体のある賃借権ではなく、単に本件仮登記という外形を具備することにより第三者の短期賃借権の出現を事実上防止しようとの意図の下になされたものにすぎず、このような実体のない本件賃借権に基づく原告の被告に対する請求はいずれも理由がない。

なお、原告が、本件建物を第三者に転貸して、転借人にホテル営業をやらせるといった話は一度も出ておらず、原告にそのような意思があったとは考えられない。

(二) 被告らは、宮崎文和及び山下隆文の個人企業ではない。

原告は、転借人である被告株式会社オーセンティックから平成五年四月ころから月五〇万円、その後月七五万円の金員の送金を受けているから、原告は、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルが本件建物を賃貸すること、被告株式会社オーセンティックが本件建物を転借することを承諾していた。

また、右事実からすると、本件賃借権は、本登記されなければ、被告株式会社ナポレオン商事及び被告株式会社オーセンティックに対し、対抗できない。

そして、右事実からすると、原告が、被告株式会社オーセンティックに対し明渡請求をするために、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルに対し本件仮登記の本登記手続を請求することは、信義則に反する。

第三  当裁判所の判断

一1  抵当権と併用された停止条件付賃貸借契約とその仮登記は、抵当不動産の用益を目的とする真正な賃借権ということはできず、単に賃借権の仮登記という外形を具備することにより第三者の賃借権の出現を事実上防止しようとの意図の下になされたものにすぎないというべきであるから、賃借権としての実体を有するものでないと解される(最高裁平成元年六月五日第二小法廷判決・民集四三巻六号三五五頁参照)。

2  ところで、原告は、原告が、被告株式会社コスモスジャパンインターナショナルから本件建物を賃借し、第三者に転貸して、転借人にホテル営業をさせること予定したものであるから、本件賃借権が併用賃借権ではない旨主張する。

3  しかし、<1>本件抵当権登記の抵当権者及び本件仮登記の権利者がいずれも原告であること(甲第一号証)、<2>本件抵当権登記が平成四年五月八日受付第一一六八七号、本件仮登記が平成四年五月八日受付第一一六八八号と連件処理されていること(甲第一号証)、<3>本件賃借権契約の停止条件が成就するのが、本件土地建物上に設定されている抵当権に基づき不動産競売の申立てがなされた、又は、代物弁済の予約完結の意思表示がなされた場合とされていること(前記第二の一2(一)(2))、からすると、本件賃借権は、本件抵当権と一体を成すものであり、本件抵当権の担保価値を保全するための併用賃借権であると認められる。

そして、このことは、<1>原告が建築工事の請負等を業とする株式会社である(前記第二の一1)から、第三者に本件建物を転貸して転借人にホテル営業をさせるといった行為をするとは考えにくいこと、<2>本件建物が不動産競売手続に入っている(前記第二の一4)にもかかわらず、原告が本件建物を第三者に転貸して、自ら申し立てた不動産競売手続の進行を妨げる行為をするとは通常考えられないこと、<3>本件建物の賃料が、平成一〇年一〇月二六日時点で月額六一三万円、平成七年一月三一日時点で月額五九二万円と評価されている(甲第九号証)にもかかわらず、本件建物の賃料が年一二〇万円とされており(前記第二の一2(一)(2))、右一二〇万円が、本件賃借権を併用賃借権として仮登記するためのものにすぎず、本件建物の客観的賃料を考慮しないで定められたものと考えられること、からも裏付けられる。

なお、本件賃借権には、原告が、譲渡、本件建物の転貸できる旨の特約がある(前記第二の一2(一)(2))が、併用賃借権には、このような特約が付されるのが通常であるから、右特約の存在をもって、本件賃借権が併用賃借権でないとは言えない。

3 そうすると、本件賃借権は、賃借権としての実体がない上に、本件建物につき不動産競売の申立てがされているから、もはやその必要さえなくなったものと言えるから、本件仮登記を本登記とすることはできず、また、本件賃借権に基づき本件建物の明渡し、及び本件賃借権の侵害に基づき賃料相当金の支払も求めることはできない。

したがって、原告の主張はいずれも失当である。

二  よって、原告の請求は理由がないからいずれも棄却し、主文のとおり判決する。

物件目録

所在   東京都立川市錦町一丁目四七番地壱・同番地参・四八番地・五壱番地(仮換地予定地番 錦町壱丁目四八番地・五壱番地)

家屋番号 四七番壱

種類   ホテル

構造   鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下壱階付九階建

床面積  一階   参七参・九四平方メートル

二階   四壱参・五弐平方メートル

三階   四壱参・五弐平方メートル

四階   四壱参・五弐平方メートル

五階   四壱参・五弐平方メートル

六階   四壱参・五弐平方メートル

七階   四壱参・五弐平方メートル

八階   四壱参・五弐平方メートル

九階   壱壱四・壱九平方メートル

地下一階 四六壱・八七平方メートル

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